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東京地方裁判所 昭和32年(行)8号 判決

原告 小久保保 外一名

被告 東京都知事

補助参加人 島村留五郎

主文

被告が、昭和二七年一〇月二四日指定番号第二五四〇号をもつて、東京都江戸川区小松川二丁目六五番地、六六番地、六七番地になした巾員四米全長三五米の道路位置指定処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告小久保は東京都江戸川区小松川二丁目六七番地宅地二六六坪の所有者、原告松村は右宅地に隣接する同都同区小松川二丁目六六番地宅地三七六坪の所有者であるところ、被告は、補助参加人島村留五郎が昭和二七年九月三〇日なした建築基準法第四二条第一項第五号、同法施行規則第七条、東京都建築基準法施行規則第八条の規定による申請に基き、同年一〇月二四日指定番号第二五四〇号をもつて、主文記載のような道路位置指定処分をなしたが、右指定処分によれば、原告らの前記各所有地の各西南側において、巾一・二七米、全長合計(原告らの所有地にまたがる合計)三五米の土地が、本件道路に編入されることとなつた。

二、しかしながら、右道路指定処分は次の理由で無効というべきである。

(一)  前記道路位置指定の申請をなすについては、道路の敷地となる土地の所有者及びその土地又はその地上にある建物若しくは工作物に関して権利を有する者の同意を要するものとされているところ、原告らはいずれも本件申請に同意を与えたことはない。補助参加人島村が本件申請書に添付した承諾書には原告小久保名義の記名押印がなされているが、これは同原告の関知しないところであり、また、原告松村については訴外三田正義が同原告の土地管理人として承諾の記名押印をしているが、右訴外人に土地の管理を託したことはなく、したがつて右承諾も、もとより同原告の意思にもずくものでない。のみならず、前記本件道路敷地に編入される原告ら所有の土地ないしその上にある建物の使用権利者である訴外松尾俊嗣、小久保森、内田知弥らの同意もない。したがつて、これら権利者の同意をいずれも欠いた申請に基く本件道路指定処分には重大かつ明白な瑕疵があり、無効な処分というべきである。

(二)  本件道路指定は、前記のとおり小松川二丁目六五番地、六六番地、六七番地に対しなされたが、右のうち、六五番地の土地は、単番の土地ではなく、六五番地の一ないし一七の一七筆から成る土地である。したがつて、これに対する道路指定は、右一七筆のうちいずれの土地に対するものか判然と表示してなさるべきであるにかかわらず、たんに六五番地とのみ表示してなされた本件指定処分は、明確を欠き、道路位置の指定としてはその効力を生ずる余地のない無効な処分といわねばならない。

被告指定代理人は、原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とする、との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、(一) 原告松村が訴外三田に土地の管理を託したことがないとの点は知らないが、原告ら及びその主張の利害関係人が、本件申請に同意を与えなかつたとの点は否認するかりに、本件申請が右権利者の同意に基かないものであつたとしても、本件申請は、補助参加人島村から東京都建築基準法施行規則第八条の規定に基く所定の形式を具えて提出され、その書類によれば、申請に必要な関係者の承諾があると認められたので、これに基き本件道路指定処分がなされたもので、したがつて仮りに原告主張のような瑕疵があつたとしても、明白な瑕疵といえないから、取消の原因になるかは別として本件処分が無効であるとはいえない。

(二) 本件道路指定の敷地となつた六五番地の土地が、単番の土地でなく、原告主張のように一七筆の土地から成る土地であることは認めるが、本件道路指定は、昭和二七年一一月二九日東京都公報(第一〇〇二号)によつて告示され右告示により本件道路指定の図面は東京都建築局指導部防災技術課においていつでも一般に縦覧されることとなるので、告示には指定場所江戸川区小松川二の六五―六七となつているが、右図面によつて道路は特定されていることとなつている。したがつて原告の(二)の主張は理由がない。

(証拠省略)

理由

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争がない。

二、そこで、本件道路指定処分に原告ら主張のような瑕疵があるかどうかを考えてみるに、建築基準法施行規則第七条によれば建築基準法第四二条第一項第五号による道路位置の指定をうけようとする者は、申請書に、図面のほか、敷地となる土地の所有者及びその土地又はその地上にある建物若しくは工作物に関して権利を有するものの承諾書を添えて提出すべきこととされているところ、補助参加人島村留五郎が本件申請に際し作成提出した図面であること証人島村留五郎の証言により明らかな乙第一号証には、その図面中右側の承諾書と題する欄に、前記六七番地の所有者として原告小久保名義の、同番地の使用権者として小久保森、松尾俊嗣の各名義の、六六番地の使用権者として内田知弥名義の、各押印がなされており、また、六六番地の土地管理者として三田正義の押印もなされているが、右乙第一号証、証人小久保森、松尾俊嗣の各証言、原告ら各本人尋問の結果を綜合すると、本件道路敷地の片側の所有者である原告ら両名およびその所有地上の土地使用権者ないし建物使用権者たる小久保森、松尾俊嗣、内田知弥らはいずれも本件申請当時これを知らず、したがつて申請に承諾を与えた事実はまつたくないことが認められ、右各供述に証人島村留五郎、後藤隆之助、三田正義の各証言の各一部を合せ考えると、前記承諾書欄の原告、小久保森、松尾、内田の各承諾印は、申請者島村ないしその意をうけた訴外後藤隆之助が、はつきりした申請の意図を告げず捺印を求め又はこれらの者からその印章を借りうけ、これを押捺したにすぎないものであること、また、訴外三田正義は六六番地の土地の借地人にすぎず所有者たる原告松村にかわつて承諾を与えるべき権限がないのに、自ら管理者と称して承諾の捺印をしたものであることを認めることができ、右認定に反する証人島村、後藤、三田の各証言は措信しない。被告はこの点につき、本件申請は書類上関係者の承諾があるものと認められたから、右の瑕疵は明白なものといえないと主張するが、本件指定処分には関係者の同意あることが有効要件と解すべきであり、被告が本件指定処分をなすには関係者の同意の有無を事前に調査すべき義務あることは被告も自ら口頭弁論で認めるところであるところ、証人松尾、三田、小久保、島村、後藤の各証言及び原告両名の本人尋問の結果を総合すると、被告は土地所有者の一人である島村留五郎の申請により、たんに書類上の調査をしたゞけで、それ以上に本件現場において直接関係者につきなんらの調査をしなかつたこと、本件指定の土地には既に私道があつて、島村を除く他の関係者には特に道路指定の必要のない状況であるのに、島村がその所有地にアパートを建築する目的のため、単独で道路指定の申請をなしたものであつて、右現場調査をするなり関係者に照会すれば、容易に関係者に承諾の意思のないことが判明したのであろうことが認められるので、右のような事実関係にある本件では、右承諾のなかつたことは明白な瑕疵と解するのが適当で、結局本件道路指定処分は、関係者多数の承諾を欠く申請に基くものとして、全部無効な処分というべきである。よつてこれの無効確認を求める原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)

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